玉 の を よ た えな は 絶え ね ながら へ ば 忍ぶ る こと の 弱り も ぞ する

百人一首 式子内親王(しきしないしんのう)89番歌 小倉百人一首辞典

学校文法ではそう教えています。 11歳のときに賀茂神社に仕える賀茂斎院(かものさいいん)に任ぜられましたが、21歳のとき、病のため退下されました。 「 忍ぶ」には「 気づかれないようにする」と「 我慢する」という意味があります。

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玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

【ながらえば】 「絶えなば」と同じく、下二段動詞「ながらふ」の未然形に接続助詞「ば」がついて、順接の確定条件を示します。 【備忘録】 ・玉の緒:命。 1200年(正治2年)後鳥羽院の求めに応じて百首歌を詠み、定家に見せている。

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【玉の緒よ絶えねば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

残り行有明の月のもる影にほのぼの落つる葉隠れの花. 法然との関係 法然が、「聖如房」あるいは「正如房」と呼ばれる高貴な身分の尼の臨終に際して、長文の手紙を送ったことが知られていたが、この尼が式子内親王であるとする説が現れ、そこから内親王の出家の際の導師が法然であった可能性、更には内親王の密かな思慕の対象であったという推測も行われている。 恋を忍ぶ意志が弱くなっても困るから。

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小倉百人一首 式子内親王の和歌(短歌)の意味を解説

式子は制限された人生の中、短歌の世界では自由を見つけることができたのかもしれません。 「いっそのこと死んでもかまわない」とまで思いつめる理由について、歌の後半に書いてあります。 しかしここでは「魂を身体につないでおく緒」の意味で使われています。

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ちょっと差がつく百人一首講座

だから好き。

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『玉の緒よ絶えねば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする』の現代語訳と解説。

も-ぞ~する、 たしかに、「も」「ぞ」は係助詞ですが、「も」は終止形で結び、「ぞ」は連体形で結びますから、この場合、「す」の連体形「する」で結んでいますので、係り結びになりますが、その場合「も」の結びはどうなるのでしょう。 母は藤原成子(藤原季成の女)で、守覚法親王・亮子内親王(殷富門院)・高倉宮以仁王は同母兄弟。 どなたか調べて下さい。 式子に歌を教えていたのは藤原俊成だったことから、その息子である藤原定家とも親交をもつようになったとされています。

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玉のをよたえなばたえねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする/式子内親王

厳しい禁忌のもとに生き式子は、「忍ぶ恋」の苦悩を詠んだ歌を多く残しました。 (というのも、式子内親王は生涯独身でいなければならない身分だったために、恋をかなえることはおろか、人に伝えることができなかったのです。 本年は本当に多数の読者の方々にご愛読いただき、誠にありがとうございました。 その後 藤原定家や法然などとの交流があったとされています。

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